手術の夜。
LANAが大腸癌であることが判明したのは、2002年11月初旬だった。
癌細胞を切除して腸を繋ぐ手術をすることになり、その日の夜が来た。
私は会社を早退して、夕方には自宅に到着した。
それから、夜8時30分には病院に着くように準備をした。
暗くなってから病院に行くのは初めてだったからか、不穏な空気に包まれた家の中で、当然、LANAも何かを察知していた。
キャリーに入れる時、大抵は大騒ぎをして抵抗するのだが、具合が悪い時はむしろ自分からササっとキャリーの中に入る。
元々、頭のいい子だったから、無駄なエネルギーは使わないのだ。
しかし、自転車の後ろに乗せて走り出すと、決まって大騒ぎをしていた。
自分の意思ではない動きに我慢ならなかったのだろう。
しかし、この日は違った。
緊張する私の気持ちが伝わったのか、LANAは自転車の後ろで押し黙ったまま揺られていた。
暗い道をただひたすら自転車を漕ぐ私の後ろで、尋常ではない空気を嗅ぎ取っていた。LANAがキャリーの中でどんな気持ちだったのか想像するだけで辛くなる。
「さぁ、着いたよ〜」
自転車から下ろして、森下動物病院のドアを開けた。
すでに閉院しているので、待合室はシ〜ンとしている。
「少しお待ちくださいね、今、準備していますから」
受付の方が言った。
思えば、避妊手術を除けば、外科手術を受けたのはLANAだけなのだ。
BOSSもTSUNも投薬治療だったし、みつ子は幸い手術はしなかった。
LANAは、複雑骨折の手術もして、大腸癌の手術。
こんな小さい体で、二度も手術をするなんて、不憫で仕方なかった。
院長先生がブルーの手術用の着衣で現れた。
私はLANAをキャリーから引っ張り出した。
抱っこして、先生の腕に渡した。
先生は、肩に乗っけるようにLANAを抱き上げて、手術室に入って行く。
その時のLANAの姿を思い出すと今でも涙が出る。
「ミャ〜〜〜〜〜〜〜〜〜ん!」
それまで一言も発しなかったLANAが、全身から声を振り絞って、先生の肩越しに、片方の手を私に向かって、思いっきり伸ばして訴えた!
まん丸の目を見開いて、私に向かってないている。
「大丈夫、大丈夫だからね!」
私はそれしか言えなかった。
先生とLANAはドアの向こうへと消えていった。
そして、小さくLANAの声だけが響いていた。
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「ちょっと、いいですか?」
先生が手術室から出てきて、私を呼んだ。
「はい」
「ラナちゃんのお腹をちょっと見ていただきたいんです。でも、こういうのが見られないというのでしたら、あとで説明しますが」
「いいえ、大丈夫です、見られます」
「そうですか、じゃ、こちらへ」
LANAは全身麻酔で寝ていた。お腹が開いて内臓が見えていた。
私は動揺することもなく、普通に見ることができた。
「これが、癌です。手術を決めた時はこれほど大きくなかった。ですから切除する方向でお話ししましたが、ここまで大きくなっていると切ることができません。他の臓器にも影響してしまいます。残念ですが.......このまま閉じます」
「わかりました」
LANAの癌細胞は、ゴルフボールほどの大きさになっていた。
あんなに大きなものを、小さなお腹に抱えていたとは、どんなに苦しかっただろう。しかし、あの状態では何もできないという先生の説明にも納得がいった。
あれではお腹の内臓を全部取ってしまうようなものだ。
手術は失敗、いや、打つ手なし。
私は、癌の恐ろしさを知った。
LANAが食べたものを横取りして、栄養をつけてどんどん成長していった癌。
小さなLANAの体に取り付いた悪魔。
この先、どうしたらいいのだろう。
このまま、癌に命を与えるのか?
LANAの命を横取りさせていいのか?
私は、待合室で悶々とした。
LANAの麻酔が切れて意識がもどった頃、無事であることを確認して、
私はひとり、がむしゃらに自転車を漕いで家に帰った…。
To be continued......