1996年9月、Hと距離を置くために別居することを決めた。
猫5匹とともに、中野坂上のワンルームマンションに引っ越して間もない頃、あの悪夢が襲ったのである。
そう、二度のBOSS失踪である。
引っ越し当初、私は仕事を探していたがまだ見つからず、1日中部屋にいた。
BOSSが居ないことに気づいたのは、昼過ぎ頃だったか。
9月と言ってもまだ暑さは厳しかったので、窓と玄関のドアを開けっぱなしにしていて、猫たちはおもむろに中庭で涼んでいた。
私の部屋は2階で、玄関ドアを開けると、目の前が階段になっていた。階段を降りると中庭につながり、大きな木がある。
LANAとみつ子とみつあかは、階段を全速力で降り、助走をつけてその大木に駆け上る遊びが気に入っていて、ドアを開けると競って木に登っていた。
DONは、階段の途中でのんびりまどろんでいるのが好きで、BOSSも時々DONと一緒に階段に座っていた。
だから、BOSSが部屋にいなくても、見える範囲で外に出ていたので、それほど気にしていなかったのだが、階段を見てもいないことで、胸騒ぎを覚えたのだ。
Hとの別れで、しょんぼりしていたが、まさか大宮目指して家出をしたとは思えなかった。しかし、2度あることは3度ある…。
私は不安に襲われ、近所の公園や、マンションの周辺をくまなく探したが、どこにもいない。
どうしたものか、と悶々としながら階段を登って部屋のドアを開けようとした時…
ふと隣の部屋が見えた。
隣は、デザイン関連の事務所のようで、表札にはセンスのいいロゴマークが貼ってあった。
いつもワイワイとオシャレな若人たちが集まっていた。
ほとんどが男性で、オートバイに乗って通ってくる人もいた。
うちと同様にドアを開け放していて、玄関にはたくさんのスニーカーが並んでいた。
室内をふと見ると、白いものが部屋の真ん中にいる…。
BOSS!
私はびっくりして、思わずサンダルを脱いで部屋に入った。
「すみません、うちの子が勝手に入って…BOSS! 探したよ…!」
「あ、お宅の猫ちゃんだったんですね。いつもなんとなく部屋に来て、こうして真ん中に座ってるんですよ。で、僕らも別に邪魔じゃないし、そのままにしてて。なんか食べるかなと思ってあげたりしてもあんまりお腹空いてないみたいで。ただ、こうして座ってるだけだから、ここ気に入ってるんだな〜って。そのうち、いつの間にか帰っちゃうから、どこの猫かなと思ってたんです」
「いつも来てたんですか?」
「そう、いつも来てたよね?」
とみんなに聞くと、うんうん、とうなづく。
私は、深々と頭を下げてBOSSを抱えて部屋を出た。
その男性は、
「いつでも来ていいですよ、僕ら、全然迷惑じゃないし。おとなしく座ってるだけだから」
「すみません、ほんとに。ありがとうございました」
そうなんだ。
BOSSは人間の男が大好きだったんだよね。Hがいなくなって、隣の男性たちの声に誘われて、懐かしくて、つい入ってしまったんだね。
私は隣人に恵まれている。いや、BOSSが人間を優しくさせるのかもしれない。
とにかく、ホッと胸を撫で下ろしたが、BOSSのHを恋しく思う気持ちが痛々しくてどうしようもなかった。
BOSS以外はみんな女。
女は、人間も猫も強いね。
環境に馴染むのがはやいこと!
男は思い詰めたら痛々しい。
HもBOSSも….
そして、9月下旬。
私は再びNYへと旅立つのである。
To be continued…