菊おじさんvs 猫たち
吉祥寺の生活は快適だった。
見渡す限りの畑と森林、隣は成蹊大学の広いグラウンド。
古い一軒家はプロパンガスで、旧式の風呂釜、和式トイレ。
サッシではない『すりガラス』の戸。鍵はキリキリと閉めるネジ錠。
昭和30年代に戻ったような環境で、猫と私はのんびり暮らした。
しかし、問題は隣のYさんだ。菊栽培の名人、菊おじさん。
菊おじさんの奥さんは、優しくて屈託のない人で、うちの猫たちを可愛がってくれたが、菊おじさんはというと…
「こらっ! また塀に登って!」
怒声が聞こえてくる。
私は部屋で小さくなって、居留守を決め込む。
しばらくすると、みつ子がそそくさと縁側から帰ってきた。
「みっちゃん!ダメだよ、塀に登ったら!」
と言い聞かせたところできくわけもなし…。
「こらー!ブチ!またここにきて!」
ブチとは、サビ猫LANAのことである。菊おじさんはうちの子たちに勝手に名前をつけて呼んでいた。
BOSS →シロ
LANA → ブチ
DON/みつ子/みつあか→ ミケ
見たまんまの名前で呼ばれていた。
「コラー!また屋根の上走りよって!猿みたいな奴だ!」
みつあかである😮💨
みつあかは屋根の上を走りまわって、家から家の屋根に渡って一番端っこの家の大きな木の上に飛び乗る遊びを覚えた。どんなに怒鳴られても、やめなかった。
ま、みつあかに関しては、猫ではない別の生き物として、お嬢DONも匙を投げたので、私も好きにさせていた。
叱られなかったのはBOSSとDON。
2匹はそれほど若くもなかったので、ゆったりと散歩する程度だった。
菊おじさんはBOSSとDONには、優しくしていたので、心底、猫が嫌いではなかったのだ。
私はある日、みつ子が塀の上を器用に歩く姿を見て感心した。
菊おじさんの家の塀にはたくさんの植木鉢が並んでいたが、その植木鉢を器用にクネクネと体をよじらせてジグザグに歩くのだ。植木鉢を落とさないように。そして何も置いてない塀の上で居眠りをする。
菊おじさんは、私たちが引っ越してきて1ヶ月もしないうちに、猫たちを怒鳴らなくなった。
猫たちがいたずらしないことがわかったからだ。
菊おじさんは一転して、うちの子たちを可愛がるようになったのである。
特にみつ子は菊おじさんに懐いていた。一緒に地べたに座り込んで、何やら秘密の会話をしていることもあった。
猫は、人間の頑な心を溶かす特技がある。
私たち人間にはない、何かが。
こうして吉祥寺で平和に暮らし始めた1996年も12月に入り、私は再びNYへ旅立つ準備をしていた…
To be continued…