動物病院で猫や犬を診察してもらった経験がある人は、わかると思うが、動物には健康保険証というものがない。いや、当時はなかった。この頃から何年かして、ペット保険というものが登場する。しかし、1991年にはなかった。
サビ猫の複雑骨折の手術費と入院費の合計が16万円というのは、べらぼうに高いわけではなく、当然の治療費だ。TSUNの治療費を払ってきたから、それは理解できた。
しかし、今すぐに支払える額ではなかった。
「先生、分割で支払ってもいいですか?」
「うーん、そうだね、野良猫だしね…」
先生はしばらく考えてから、
「いいでしょう。とにかく、今からすぐ手術しないと。お姉さんは明日また様子見に来てよ、ね」
「はい!」
私は心の中でガッツポーズをしていた!良かった!分割だったらなんとかなるぞ!
ヤクザ先生(外見だけ)の力強い言葉に安心して、家路についた。
翌日、私は会社帰りに病院に直行。
「はい、これ。こことここ、しっかりつないだからね」
先生はレントゲン写真を見せながら説明してくれた。
ポキンと真ん中で2箇所折れていた骨と骨がワイヤーできれいに巻いてあり、真っ直ぐ繋がっていた。
そのレントゲン写真は、芸術的な絵のようでもあり職人技の極致のようにも思えた。
「このワイヤーは、骨がしっかり繋がったら外した方がいいんだけど、野良猫だからね、ま、そのままでも問題ないかな」
実はこのヤクザ先生の職人技は、後々すごい技術だったことが判明する…。
私の人生の中で、下町の名医として記憶に残る素晴らしい先生だった。
2週間後。
サビ猫の骨折はすっかり良くなり、退院の時が来た。
手術の跡がまだ痛々しいが、もう普通に歩けるようになっていた。
「先生、この子、先生の家で飼ってもらうことできませんか?先生にすごく懐いてるし」
実際、サビ猫は先生に甘えて、まるで動物病院の看板猫のようになっていた。先生も満更でもない様子で、「ターちゃん」と高い声でサビ猫をあやしたりしているのである!
「いやー、だけどね、うちにはこの子がいるでしょ。ヤキモチ焼くんだよなー」
「あ、この子がヤキモチ…」
この子とは…。
立派なポインターである!
実はこのポインターは、毎日待合室に鎮座してる子で、先生といつも一緒に病院で過ごすのだ!
大きい犬だから最初はドキっとしたが、おとなしくて優雅だなーと思っていた。
でも、この子がヤキモチか…。
私は、サビ猫を3匹目として家に入れるかどうか、ずっと悩んでいた。BOSSは友好的な子だから問題ないとしても、お嬢DONだ。絶対拒否するだろう。私の喘息も3匹になると発作が出る。
難しい問題だが、とにかく、手術の跡の毛がすっかり生えそろうまでは家に入れよう。それでまた外に戻してあげればいい。
「じゃ、とにかく家に連れて行きます。先生、治療費ですが、毎月1万円で大丈夫でしょうか?」
「あ、治療費ね。まぁ今回は野良猫って事だし、お姉さんも大変だろ? 入院代はいいよ。手術代だけで」
「え?だって、それじゃ…」
「いいって。手術代8万円だけもらうよ」
「いいんですか?」
下町のヤクザ先生…。
ホントに今も感謝の気持ちでいっぱいだ。サビ猫の脚を完璧に治療してくれた上に、治療費も安くしてくれて。ありがとうございます。
私はサビ猫をキャリーに入れてタクシーに乗った。
さぁ、お家に帰ろう!
ちょっと怖いお姉ちゃんがいるけど、お兄ちゃんは優しいから大丈夫!ね!
美味しいご飯食べようね!
にゃーん!
ウキウキした気分で家路に着く私とサビ猫。
あーしかし、これからどんな試練が待っているのか、一抹の不安も感じていた…
To be continued…..