「みつあか、明日の朝一番で病院行こうね。それまでガマンできるよね…」
みつあかは、私の枕の上で横になったまま、静かに息をしていた。
私はみつあかのそばに顔を寄せて一緒に寝た。
みつあかは滅多に私と一緒に寝ることはなく、いつも一人でクローゼットの上で寝ていたので、それだけでも尋常ではなかった。
私は、朝まで待たせてはいけなかったのだ。
救急病院を探して、連れて行くべきだったのだ。
しかし、あの日私は、そこまで何かが悪化しているとは思っていなかった。
朝。
昨日の夜、電話帳で一番近くの動物病院をチェックしていて、すぐに電話をした。
そして、自転車でキャリーに入れたみつあかを乗せて走った。
初めて行く動物病院に不安は感じたが、久我山のダクダリ動物病院に行くには遠過ぎた。
すぐに診察してくれたのだが、あまり緊急性を感じてない先生に対して、私は不安を感じた。
「先生、大丈夫なんでしょうか?」
「点滴はしたので、あとは元気が出るようにササミを茹でたのを食べさせるといいかもしれませんね」
「……」
なんか、そういう問題ではないような気がする。
もっと緊急の手当が必要な気がする。
ここじゃダメだ。
病院を出たあと、私は別の病院に走った。
そこは最近できたばかりの病院。
おおむら動物病院。
ドアを開けるとすでに何人か患者が待合室にいた。
私は受付の女性に、これまでの経緯を説明すると、すぐに先生を呼んだ。
「エマージェンシー! すぐに用意して!」
「すみません、この猫ちゃんを先に診察しますから、もう少しお待ちください」
先生は先に来ていた飼い主さんたちにそう言って、私を診察室に入れた。
みつあかは診察台に寝かされ、酸素吸入の器具をつけられた。
先生は心臓マッサージをしている。
何がなんだかわからないうちに、みつあかは危篤状態になっていた。
「なんでもいいので、声をかけ続けて!」
私はみつあかの手を握って名前を呼び続けた。
みつあかの意識はもうなかった。
でも、目は私を見ていた。
私をジッと見ていた。
いつもクローゼットの上で、別の世界を見ている目ではなく、私を見ていた。
「みつあか…。おうち帰って美味しいご飯たべようよ。みつ子もまってるよ」
何が起きているのだろう。
先生は、慌ただしく処置をしている。
何か、すごく大変なことになっていて、私には到底わからない専門用語で、スタッフの人に指示している。
私は、奇跡が起きることを祈った。
このまま、危篤状態から脱して、みつあかがミャーと言ってくれることを願った。
私はみつあかの目をじっと見て、言った。
「みつあか。みつあか。みつあか…」
モニターの心拍数の数字がどんどん下がっている。
「先生、みつあかが…」
「みつあか…」
あ、いま…
みつあか! 行くな!
みつあか! こっちだよ!
こっちを見るんだよ!
あの時、みつあかの目が、私ではなく、別の何かを見たのがわかったのだ。
そっちを見て、行ってしまうのが見えた。
もう、戻らない、
その一瞬の境目を、
私は見たのだ。
みつあか。
どうして。
1999年 4月 16日 昼過ぎ。
みつあかは、
いつも見ていた別の世界へ
行ってしまった…。
To be continued....