音楽と記憶は連動する。何十年も昔の曲がふっと流れてきただけで、一瞬にしてそこへワープできる、鮮やかに蘇る。私はAmazon musicアプリを入れてからというもの、Chick、Dona Summer、Boney M. …、80年代に入って台頭してきたディスコミュージックを好んで聴いてる。あっという間にあの頃へ飛んでいけるもんね😊
ところが、Nと過ごした頃に何を聴いてたのか、てんで思い出せないのだ。
音楽が聴こえない。
澄んだ早朝の空気に包まれた静寂の中、二人の会話だけが記憶にあるだけで。
ある冬の放課後、Nと一緒に映画を観に行った。高校生らしいデートよね😊
二人で観た映画は『さらば青春の光(Quadrophenia )』っていう、イギリス映画。1960年代初期のイギリスに実在した二つの若者集団、モッズとロッカーズが暴れ回るストーリー。3年前にはリマスター版も発売されて、根強い人気がある映画なのよ。
Stingが主演してたとか、The Whoの『四重人格』を原作にしてたとか、あとから知ってびっくり! こんな名作をロードショーでリアルタイムで観たにもかかわらず、私は、事もあろうに、ストーリーも場面も全く覚えていないのだ。
それは、映画よりもっと強烈で忘れられない出来事があったから。
暗い映画館の中、目まぐるしい映像の光が眩しかった。
Nは、スッと私の手を握って、耳元でささやいた。
愛してる。
え?
愛してる…。お前は?
私も…。愛してる。
俺の子、産んでくれるか?
え!?
俺の子、産んで欲しい。
…うん。いいよ。
Nは私の手を握ったまま、照れくさそうに、シートに深く沈み込んだ。
私も一緒に沈み込み、騒々しく展開するモッズやらロッカーズやらを、じっと眺めていた。
映画館の大音響は、透き通った静寂に飲み込まれ、私たち二人だけがそこに存在しているかのようだった。
あの時の高揚感を、私は今も忘れない。
涙が出るほど心が震える。
Nらしい、キザなプロポーズのセリフも。
あれほど真摯で正直な言葉を、私は知らない。
モッズもロッカーズもThe Whoも、全て吹っ飛んでしまうほど、Nの言葉は強烈に私の心を奪った。
そうだ。
私がNと過ごした日々の音楽を思い出せないのは、そこに音楽が入り込む余地がなかったから。私たちの間に割って入るものが何もなかったからだ。
この日を境に、私たちは二人の未来を夢見て、具体的に将来を考えるようになった。真剣に、だ。それは、私とNが絶対に手に入れたかった暖かい家族。二人で家族を作る夢に向かって、歩き始めていた。
だが…、
私もNも、
危ういEdgeの上に立っていることに、気づいていなかった…。
To be continued…