1987年。
U2の通算5枚目のアルバム『ヨシュア・トゥリー』 (The Joshua Tree )がリリースされた。U2は、このアルバムの大ヒットで世界の頂点に立った。
この頃すでにレコードではなくCDが普及していたが、あの小さなジャケットに抵抗があり、頑なにレコード盤にこだわっていた。私はレコードを購入するために、わざわざ銀座山野楽器で注文、納品されるまで2週間待たなければならなかった。
ヨシュア・トゥリーの「ヨシュア」は旧約聖書に登場するモーセの後継者の名前だ。
U2のこのアルバムの解説ではアメリカ南西部の砂漠地帯に生えるユッカの樹と説明がある。しかし、当時の私にはそんなことは関係がなく、ただただボノの歌声とサウンドのカッコ良さに惹かれていた。
大ヒット曲With or without youもこのアルバムに収められている。
さて、U2の歴史的アルバムが発売された頃、
東京・目黒では、
猫3匹+人間ひとりの生活が、破綻していた。
発端は、私がアレルギー性気管支炎喘息で倒れたこと。
さらにTSUNが入院。
TSUNは、
猫後天性免疫不全症候群、俗に言う「猫エイズ」に感染していた。
猫エイズ、正式名称はFIV(feline immunodeficiency virus = ネコ免疫不全ウイルス)により、に引き起こされる諸症状のこと。
主な感染経路は、ケンカなどによる咬み傷からの体液の接触感染が考えられる。出産時の母子感染も確認されている。
当時、猫エイズは人のエイズ(HIV)同様に、世間で認知され始めた病気だった。
TSUNは猫エイズの影響で腎臓が悪化していて、脱水症状を繰り返していたのに私は全く気づいていなかった。さらに最悪なのは、ポテトチップスをオヤツとしてあげていたことだ。
塩分が必要ない猫に過度の塩分を与えていたのだ。
TSUNの腎臓はボロボロになっていた。
この日、診察台でちょこんとお座りしているTSUNの背中を撫でながら、私は院長先生の説明を聞いた。
涙が溢れて止まらなかった。声を出して泣いた。
発症したら1年以内には死んでしまう。
TSUNの余命は長くて1年。
ボロボロボロボロ泣いた。
「泣いてる場合じゃありません!あなたがしっかりしなくてどうするんですか!」
院長先生は、大きな声で私を叱った。
本当に。
泣いてる場合じゃないんだ。
この子たちの幸せのために命にかえても何とかする。治療費を稼ぐ。
自分の喘息も治療する。
BOSSとDONは、猫エイズ陽性、しかし発症しなければ、何事もなく生活できる。
風邪をひかないように栄養のあるフードを、ケガをしないように、野良猫と接触しないように外出させない、ありとあらゆることに気をつける。
TSUNは投薬治療をしながら、2週間ごとの入院。
猫と私のダブルで治療費が嵩み、動物病院の支払いは分割にしてもらった。
そんな私を見かねて、当時のバイト先、六本木のクラブのママが猫を預かることを提案した。
TSUNは病気で入退院を繰り返しているので、BOSSとDONの面倒を見ると言ってくれたのだ。
私の喘息が完治するまで1ヶ月ほどの約束で、2匹を中目黒のママのマンションに里子に出したのである。
中目黒のママのマンションは4部屋もあって広々として、犬と猫を1匹ずつ飼っていた。うちの2匹は一部屋に隔離して面倒みてくれることになった。
2匹をママのマンションに連れて行った日。
今も忘れない。
とんでもない事態が起きていることを2匹は察知して、覚悟していたかのように、静かだった。ママの部屋に着くとカゴからゆっくりと出て、2匹はピッタリと寄り添い窓の方に歩いていった。
2匹は肩を寄せ合って、網戸越しにベランダを眺めていた。
じゃ、行くね。
いい子にしてるんだよ。
声をかけても、2匹はじっとベランダの外を眺めて、振り向かなかった。
胸が苦しくなるほど切なくて涙が出た。2匹も必死に堪えているようで。
私に捨てられたと思っているに違いない。
あー、ごめんね、ごめんね。
2匹を里子、TSUNは入院。
私はワンルームマンションでポツンと一人きり。
なんて広い部屋なんだ。
自分の不甲斐なさに涙が出た。
数日後、私はママのマンションに様子を見に行った時の光景に驚く。
あんなにしょんぼりしてた2匹なのに、BOSSの天真爛漫な性格がみんなに伝染して4匹が仲良く遊んでいる!
「うちの猫、にゃーって鳴かなかったのに、この子たちが来てから猫に目覚めちゃって。一緒にジャンプしたりするから、もう家の中、めちゃくちゃよ」
と嬉しそうに笑う。
みんな活き活きとして、楽しそう。
ママのご主人は、大の猫好きで、BOSSの明るい性格と凛とした顔立ちに惚れ込んで、膝にのせたり特に可愛がっていた。
里子に出して、1ヶ月が過ぎようとした頃、私の体調も復活して、そろそろ2匹を引き取りに行こうと思っていた矢先、ママのご主人から、話があるからと呼ばれた。
「シロ君なんだけど(BOSSをシロ君と呼んでた)、うちの子にしたいんだよ。ゆかちゃん(私のこと)も喘息がぶり返すと仕事大変だしね。入院費もあるし。1匹でも減った方がいいでしょ。シロ君、僕にも懐いてるし。うちの子にしたいんだ」
……….。
なんという事態!
BOSSを養子に出せと?
なんということ!
でも…。
中目黒の広いマンションで、4匹が追いかけっこしながら楽しそうに遊んでる。
人間も猫も犬も、
みんな幸せそうだった。
私のマンションは狭くて、お金も…。
もしかしたら、
BOSSはここにいた方が
幸せなのだろうか…。
あの狭いワンルームより、ここで伸び伸び暮らした方が良いのだろうか…?
BOSS…、
お前はここが好き?
ここに居たいの?
To be continued……